「タイの国猫はシャム猫」と説明されることがあります。たしかに、Siamese という名前はタイの歴史と深く結びついています。ただ、現在のタイで語られている内容は、もう少し具体的です。
2025年11月、タイ政府は5つの在来猫を、ペット部門の国家的シンボルとして認めました。その中のひとつが、ウィチアンマート(Wichien Maat)です。これはタイに国猫が1匹だけ決まった、という話ではありません。5つの猫が同じグループとして認められ、それぞれの歴史が見直されるようになった、という意味です。
タイが認めた5つの在来猫
2025年11月18日、タイ政府は国家アイデンティティ委員会の提案を受け、次の5つの在来猫を認めました。
- ウィチアンマート(Wichien Maat)
- スパラック(Suphalak)
- コラット(Korat)
- コンジャ(Konja)
- カオマニー(Khao Manee)
ニュースではまとめて「タイの国猫」と呼ばれることもありますが、正確には、5つの在来猫が一緒に国家的シンボルとして認められたということです。5品種がひとつに統合されたわけでも、ウィチアンマートだけがほかの猫に代わったわけでもありません。
この認定が意味を持つのは、在来猫を写真や観光用のイメージだけにしないためです。健康な個体群を残し、繁殖の記録を整え、タイに伝わる猫の知識を次の世代へ伝える。その出発点として、公式な位置づけがあります。
なぜウィチアンマートは海外で特に知られているのか
Siamese は、海外で使われてきた「シャム」に由来する呼び名です。19世紀、ポイントカラーの猫がシャムからイギリスへ渡りました。タイ外務省の資料によれば、1884年、チュラロンコン国王が英国領事にウィチアンマートのつがいを贈ったことが、海外で広く知られるきっかけのひとつになりました。
その後、海外の繁殖家や猫の登録団体によって、体がより長く、頭の輪郭がより鋭い現代のシャム猫の基準が発展します。一方、タイでいうウィチアンマートは、より中庸でバランスの取れた体型の在来猫として語られます。淡い体色、青い目、顔・耳・足・尾の濃い色という共通点はあっても、呼び名と標準は同じではありません。
見た目の違いを詳しく知りたい方は、ウィチアンマートと現代のシャム猫の比較も読んでみてください。
猫の文献は文化の証拠。伝説を何でも裏づけるものではない
タイには、猫の姿や吉凶に関する考え方を描いた Tamra Maew(タムラ・メーオ) という文献群があります。米国議会図書館が所蔵する折り本のひとつは、19世紀のタイ中部のものです。作者や正確な成立年はわかっておらず、ほかの版や後世の写本も存在します。
この資料から、タイの人々が昔から猫を観察し、名前をつけ、文化の中で記録してきたことは読み取れます。ウィチアンマートの物語が、現代の海外の猫種団体によって突然作られたものではないこともわかります。
ただし、文献は「猫は王宮だけにいた」「寺を守っていた」「特別な力を持っていた」といった後世の語りを、すべて事実として証明するものではありません。記録と伝説を分けて紹介することが、歴史を大切にする近道です。
いまのタイにとって、認定はどんな意味を持つ?
まず、保全の視点があります。在来猫を守るとは、名前や写真を残すことだけではありません。健康な個体群、責任ある繁殖、正確な記録、遺伝的な多様性を考える必要があります。
次に、物語の出発点を見失わないという意味があります。現代のシャム猫は世界中で愛される品種ですが、その歴史はシャムとタイの猫に関する知識から始まりました。ウィチアンマートをタイの在来猫として語ることで、海外のショータイプだけに焦点が集まるのを防げます。
そして、在来猫を「生きている動物」として見る視点も大切です。記念品の柄や観光ポスターのモデルではなく、それぞれに体調や気分がある猫として向き合うことです。
タイでウィチアンマートに会うときは
メガバンナー近くの Siamese Cat Café では、ウィチアンマート、ベンガル、保護・譲渡された猫たちが一緒に暮らしています。ポイントカラーや青い目を観察するのは楽しいものですが、猫に伝説を演じさせる必要はありません。
近づくか、少し離れて休むかは猫に任せてください。写真を急ぐより、猫が自分のペースで過ごせる距離を保つほうが、その子の本当の表情に出会いやすくなります。


